令和になって、二十代の人たちの中には平成レトロなんていうブームがあると聞きますが、遊郭跡を散策するのも女性の間ではまだまだ流行っているそうですね。
あと、定年後の人たちがまち歩きを始めていて、実際にスマホを片手に古い街並みを散策している姿をよく見かけるようになりました。
本書は、東京の昭和レトロな建物や赤線の痕跡を探すときに持って行きたい1冊です。
著者:三浦展
発行所:株式会社清談社Publico
初版発行:2021年5月13日
本書をオススメしたい人
まち歩きが趣味の人
遊郭跡散策が趣味の人
東京の街の成り立ちの裏側に興味がある人
レトロ建築が好きな人
遊郭赤線巡り本の中で本書の特徴
本書は、東京都内でその昔、と言っても昭和初期まで含むのですが、三業地に認定されていた地区の歴史と現在を追ったものです。
ちなみに、三業地というのは、芸妓屋と料理屋と待合の3つの施設がそろっていて、かつ国から認定を受けた地区のことです。
まあ、ぶっちゃけて言えば、上述した3つの施設がそろった大人の遊びができる地区ということです。
東京でそこまでそろった遊郭といえば、やっぱり吉原が浮かびますよね?
現在でも、当時の歴史を引き継ぎながら風俗街として残るのは吉原だけではと思うのですが、本書によると三業地は東京のいたるところにあったようで、探せばまだその痕跡は見つかるみたいです。
ぼくは名古屋人なので、正直に言って東京の土地勘はイマイチで、本書を読んでいても道玄坂と中野くらいしか地域の映像が浮かばなかったのですが、それでも江戸から現代まで遊びの最先端である東京の街の変遷は興味深いものがあります。
道玄坂なんて、何も知らずに歩いたって、
「あれ?ここはちょっとおかしな街だな?」
って気づくくらい路地に入ったときの空気というか、磁場がほかの場所と違いますよね。
でも、本書を読んでいると、東京の中にもすこし寂れた街があって、そこには当時の役割を終えてそのままの姿で取り残された建物と路地がそこにあるんだろうなって、そんな想像が膨らんで、すこしノスタルジックな気分になるんですよ。
コロナやら社会の急激な変化やらでなんだか忙しない毎日ですが、本書を読んでいるとすこし立ち止まれるような気がして、おかしな話ですけどホッとするんですよね。
ちなみに、1956年に『洲崎パラダイス赤信号』という映画が公開されたのですが、その冒頭でタイル張りのカフェーの入り口をザーッと流しながら撮ったシーンがあるのですが、この作品は当時の赤線だった洲崎でロケをしたらしいので、なかなか貴重な映像だと思います。
アマゾンプライムビデオでまだ観られるので、興味がるなら早めにどうぞ。
蛇足の名古屋話
蛇足で本書には出てこない話ですが、名古屋の三業地はどこだったかというと栄の七間町通周辺だったそうで、現在も蔦茂という料亭がありますが、そこは財界人などをもてなす場として作られたんだそうです。
栄の現在は、名古屋駅周辺の再開発が成功したせいで飲み会やコンパは名古屋駅の方が盛況になったのに比べ、世代交代がうまくいっていない感じです。
逆に考えれば、ある意味、昭和の繁華街の姿が残っているとも言えるので、レトロ好きは栄の方が面白いかもせれません。
あとはやはり、中村遊郭のあった大門地区でしょうね。
現在も、松岡健友館さんが建物を残してくださっていますが、床が一枚板で張られていたり、滝の流れる中庭が残っていたり、歴史的にもすごく貴重なものです。
大広間の照明デザインがなんともモダンで、和の大広間と不思議と調和していて見事です。
料理旅館だった時代は、天ぷらが自慢だったとか。
ちなみに、松岡さんの西側にも遊郭建築が残っていますが、そこには通称ダンスホールの待合だったらしきモダンな建物も残っています。
それ以外にも、大門には現在もビリヤード場が残っていたり、建物の模様をよく見ると大門の街がデザインされている喫茶店があったり、誰にも顔を合わせず2階に上がれる入り口のあるスナック跡があったりと、なかなか見所の多い地区なのですが、現在再開発が急激に進んでいるので、そんな景色が見られるのもあと1~2年かもしれません。
こんなことを書いていてふと思ったのですが、栄にしろ大門にしろ、名古屋の街って三業地だった地域は好立地の割に再開発がうまくいっていない印象が強いですね。
どうしてだろう?
昔の偏った悪い印象で行政から嫌われていたのか、それとも裏社会のルールみたいなものの影響で開発できなかったのか。
まあ、本当のところはトヨタなどの大企業のおかげで人口も税収も困っていなかったから、文化的な側面でのまちづくりのセンスを磨くことを怠っていたんじゃないかと思うんですけどね。
まちづくりのセンスを磨くのを怠っている件については、名古屋に限らず全国的に言えることでしょうけど。
まとめ
遊郭や赤線と呼ばれた地域は、昭和の戦後しばらくまで日本全国にあったわけですが、当たり前ですけど法律も変わり現在はほぼ消えてしまいました。
ぼくは名古屋の遊郭だったと街、大門に少し関わっているのですが、そこの最高級だったといわれる遊郭建築は内装が今後の日本では絶対に作られないだろうと思うほど豪奢な部屋がいくつもあったそうですが、持ち主は負の歴史だという理由で解体するときも見学は断っていました。
遊郭という文化、とくに敗戦後の遊郭がになった役割と、そこにかき集められ働かされた女性たちの人生を思えば、想像するに現代を生きている家族にとっては負の歴史なのかもしれず、興味本位で建物に踏み入られたくないのでしょうね。
ただ、遊郭建築も、カフェー建築も、どちらも無駄のない機能性を優先した建物をよしとする令和の時代にはありえない豪華さ、よく見ると違和感だらけの和洋折衷デザインで、それがむしろ温度を感じさせたり、性的な意味とは限らず想像を膨らませる力があるんですよね。
そう、遊郭や赤線は負の歴史で、あくまでも人権的にも怪しい性を商品にしていた場所なのに、性的な部分を超えたノスタルジーや退廃的かもしれないけど美的な魅力があるわけです。
そして、建物とその街の風景から感じる温度や想像というのは案外、昭和から平成、令和と時代が進む中のどこかで置き去りにされた、効率の外にある人間の生まれ持った欲求、楽しみ方のツボをくすぐるのではないでしょうか?
それにしても、東京がズルいのは、東京だけで本書の分厚さになってしまうほど情報が豊富なところですよ。
現在でも昭和のバブルの名残を感じる建物が放置されている地方都市が束になってかかっても、ここまで分厚くするのはなかなか骨の折れることですよ。
本当に、こういう本は仕事の合間や帰り道に喫茶店で一息つきながら読むために持って行きたいのに、この1冊でカバンが膨らむし、読んでいると手が疲れるし、でも面白くてついつい長居しちゃうしでいいことないですよ!
だから、散策のお供なんてトンデモない!
本当に、あなたにも読んでみてほしいです。