以前、ドキュメンタリー映画のヨコハマメリーがあまりにも印象強く、書評ブログなのに感想を書いてしまいました。
それで、「これはもう少し深掘りしないとイカンだろう!」
と思い立ち、さっそく監督の著書を読むという、考えうるイチバン浅い深掘り方法をしてみました。
で、読み終わって思ったことは、本書は、映画ヨコハマメリーを観た人は必読です。
ヨコハマメリー 白塗りの老娼はどこへいったのか
著者:中村高寛
発行所:河出書房新社
初版発行:2020年8月30日
本書は217年8月に刊行された『ヨコハマメリー かつて白化粧の老娼婦がいた』の文庫版です。
本書はドキュメンタリーのドキュメンタリー
本書では、映画ヨコハマメリーの監督である中村高寛監督がメリーさんを題材に映画を撮ろうと思い立ったきっかけから、完成するまでではなく、上映前後の映画に登場した人の姿まで追っています。
まず驚いたのは、本作が中村監督の初作品だったということです。
いや、1作目で関わりのあった人たちからメリーさんの姿を浮き上がらせるなんていう作品の作り方を成功させてしまうなんて、2006年の初上映当時はまだ31歳だったのかな?
すごいですよね。
もちろん、本書を読めば2006年の上映版が完成するまでに何度も失敗や挫折を経験していて、簡単に仕上がったわけではないことはよくわかります。
この世では、映画に限らず新しい技術を利用しての商品開発、もしかしたら武道の世界でも、完成はもう目の前、あと一歩だとわかっているのに、その一歩が果てしなく遠くたどり着けなかったということは想像以上に多いんです。
あと一歩先にたどり着くには、運の要素もありますが、イチバン大事な要素は、どのような人に囲まれているか?
人の縁にかかっていると、ぼくは思っているんですよ。
不思議なもので、嫉妬深い人は無意識でわかっているのか、足を引っ張るときは周りの人を引き離そうと嘘の情報を流したり、権力があれば協力者と会えなくなるような妨害をしてくるものです。
こういう落とし穴を回避するには、周りの人たちとどれだけ強い関係を結べているかが重要です。
この関係を崩さない、崩されないようにするには、取り組んでいることに周りがどれだけ共感してくれているか?
応援してくれているか?
こんなことが大切だったりします。
本書を読むと、やはり元次郎さんの存在はとんでもなく大きかったんじゃないかと思うんですよね。
エピローグで語られる元次郎さんの映画から時が経ったその後のエピソードから、その人柄と中村監督をどれだけ応援していたかが見えてくるようです。
中村監督は若いときに本当にいい人たちと出会われたな、と羨ましくなります。
青春小説を読んでいるみたい
それにしても、映画を撮るのって本当に大変なんですね。
本書を読むかぎり、映画がとりあえず撮り終えるまでに6年?、公開までに9年かかっているみたいです。
映画を鑑賞すると、劇中でそこまでの月日が流れているとは気づかないのですが、本書を読むと、
「あのシーンを撮るのにこんなに悩んだのか!」
「あのシーンとあのシーンの間には、こんなに時間が経っていたんだ。」
というような発見がありました。
改めて考えると、中村監督の当時の年齢と経験からして、現在のようなクラウドファンディングのなかった当時には金銭的な援助をしてくれる人はなかなか見つかるものではないし、インタビューしながら人を撮るテンプレート的なものを身につけていなかっただろうし、目の前に壁が立ちふさがるたびに長い時間立ち止まる必要があったのもわかる気がします。
だから、本書を読んでいると、ヨコハマメリーの制作ノートのはずなのに、中村監督が主人公の青春小説の物語の中に飛び込んだような気分になるんですよ。
どうして、物語の中に飛び込んだようなのめり込み方になるかというと、その物語は大なり小なり誰でも経験したことのある人生の1ページに感じるからじゃないかと思います。
また、本書は制作ノートなのだろうけど、中村監督の四苦八苦する姿も描かれることで、ドキュメンタリー映画ヨコハマメリーのドキュメンタリーという、おそらく期せずして映画と切り離せない1冊になったところが面白いです。
戦後の横浜の姿を知る入門書としても
メリーさんを知る上で、当然欠かせない情報ではあるのですが、江戸時代からどのように横浜の街が作られていったか、戦前戦後の街の変遷、そしてそこで遊郭、麦湯店、チャブ屋と呼ばれたお店と街娼が集まった理由などがコンパクトにまとめられています。この部分を読むだけでも、現在はおしゃれな街の代表格のような横浜の見え方が大きく変わるのではないでしょうか。
戦後の復興は、お世辞にも綺麗事だけでは語れず、産業が壊滅していた時代にはどういう人たちの税で道路などが整備されていったのかを知ると、街を衰退させちゃいけないなと思えてきます。
と言ってみたけど、そこまでは普通考えないか。
ぼくは、まちづくりに関わらせていただいているので、そんなことも考えてしまいました。
おわりに~映画も本書も大切な歴史の記録
映画でも重要な場所として、根岸家という24時間営業していためし屋がでてきます。
詳細は、映画や本書に譲るとして、戦後、アメリカ兵を目当てに街娼がお店に居着いていたのですが、そのようなお店には以外と著名人が好んで覗きに来ていたものです。
本書でも黒澤明監督の名前が出てきますが、昭和の時代には著名人を惹きつける不思議なお店がポツポツとあったようです。
東京の逸話でも、有名人が通ったバーや居酒屋、新宿2丁目のお店話ってありますよね?
実は、名古屋にもあったんですよ。
それは、昔、遊郭だった街にあった小さな居酒屋なのですが、そこには御園座という有名な舞台で公演する人たちが、うまいものを食うならあそこへ行け、という感じで舞台終わりに若い俳優などを連れて連日来ていたようなんです。
それも、聞けば誰もが知っている、というかビックリするような大物の歌手や俳優で、ぼくも写真を見せてもらったことがあります。
そういうお店には、きっと時代を知る上で貴重な逸話がたくさん残っているはずなのですが、時間の流れには勝てず、そのお店も高齢により存続が難しく閉店してしまいました。
ハマのメリーさんについても、メリーさんをきっかけに時代背景や関わった人たちを追うことで教科書には乗らないけど街の歴史とこれからの街を考える上で欠かせない、その地域が本来持っていた性格のようなものを残すことができると思うんです。
だから、ヨコハマメリーは映画と本書共に横浜の貴重な記録だと思います。
なにせ、多くの街では街の均一化が進むとともに浄化されてしまい、もう見つけ出すのが難しい景色ばかりなのですから。
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