赤川次郎の小説は、ぼくと同世代で1990年前後に中高生だった人は1冊は読んだことがあるのではないでしょうか?
赤川次郎が、昭和の小説家を代表する1人なのは間違いないでしょう。
普段、あまり読書をしない人には、テンポがよく読みやすくて読書の入り口としてピッタリなんですよね。
今回は、ぼくが当時とくにハマったシリーズを時代背景とともに紹介します。
華麗なる探偵たち
著者:赤川次郎
発行所:徳間書店
初版発行:1986年4月15日
本書について
今回紹介する本書、華麗なる探偵たちは、大きな遺産を相続した主人公の鈴本芳子と、名探偵シャーロック・ホームズ、剣士ダルタニアンの3人を中心に展開する推理小説です。
シャーロック・ホームズとダルタニアンが出てくると言っても、最近流行りの異世界転生ものではありませんよ。
ざっくりと説明すると、主人公の鈴本芳子が遺産を相続することになると、親族などが遺産欲しさに芳子を精神分裂病とうことにして精神病院に連れていき一生入院させようとするんです。
その病院はどうやらお金持ちが利用するところのようで、芳子が入れられた隔離病棟には現実の世界では生きにくいであろう様々な人たちが暮らしていたんです。
そこで出会ったのが、本気でホームズと思っている人と、本気でダルタニアンだと思っている人だったということなんですよ。
ただし、このホームズとダルタニアンの侮れないところは、能力もキャラクターに相応だというところです。
推理能力抜群なホームズと、身体能力抜群なダルタニアンとすったもんだがあって、その後、お金に困らなくなった主人公は探偵業まがいのことをする、というのがこのシリーズのプロローグといったところでしょうか。
それにしても、精神分裂病とは時代を感じる表現ですよねえ。
令和の現在では使えない病名でしょう。
現在は、統合失調症と言いますよね。
でも、主人公を病院に一生閉じ込めたいと思った親族がとっさに思いついた病名が精神分裂病というのは、むしろ素人が思いついた感じが出ていて言い訳としてはしっくりときます。
また、病院がお金を払ってくれるならなんでも聞く感じなので、隔離病棟に入れてほしいときの合言葉みたいなものだったのかも。
ちなみに、本書は短編集で、その後のシリーズ化では長編推理小説となっています。
約30年ぶりに読んだのですが、長編シリーズだと記憶していたので、1話ずつがものすごくライトでスピーディーに展開してくのに少しびっくりしました。
本書の発行後、1994年までに5冊の続編が発行されました。
- 百年目の同窓会
- さびしい独裁者
- クレオパトラの葬列
- 真夜中の騎士
- 不思議の国のサロメ
本書の発行時期1985年~1986年の出来事
本書が書かれたであろう1985年を調べてみると、時代としてはプラザ合意による円高不況に陥るも、翌年からバブル景気に突入するという時代の転換点になった年だったんですね。
出来事も、歴史的に有名なことが多く起きています。
青函トンネルが開通したり、電電公社がNTTになったり、夕やけニャンニャンが始まっておニャン子クラブができたりと、その後の好景気をけん引するようなものが生まれた年でもあるようです。
スーパーマリオブラザーズも、この年に発売されました。
事件もかなり有名なものが複数起きています。
豊田商事事件や日本航空墜落事故、ロス疑惑もこの年です。
1986年はどんな年だったかというと、まず、岡田有希子とビートたけしフライデーが印象深いです。
葬式ごっこいじめブームというのもインパクトがありますね。
流行語の、土地転がし、というワードですでにバブルが始まっている様子が伺えます。
究極、プッツン、テレクラ、と流行語を並べると、なんだかものすごいカオス感が出て香ばしいです。
ちなみに、この年のベストセラーはうつみ宮土理のカチンカチン体操です。
究極のグルメにプッツン女優、土地ころがしにカチンカチン、なんだか日本全体が浮き足立ち始めているのがわかりますよね。
本書から感じる昭和の時代感
本書を読んでいると、色々な『昭和あるある』がでてきます。
ここでは、本書で感じた昭和あるあるをユルユルと書いていこうと思います。
名前
主人公の名前が芳子なのですが、最近の小説や漫画で登場人物に芳子って出てこないですよね。
出てきても、美子とか世IV虎じゃないかな。
他にも、一江、康子、和哉、哲志、みたいなキラキラ感ゼロの名前が出てきますが、こういう漢字を含めた名前の語感に団塊世代から団塊ジュニア世代の昭和の雰囲気が漂っていますよね。
段階よりも前だと、トメとかよねとか亀吉のような名前になるので、芳子みたいな名前は実はすごく昭和の中の一定期間の雰囲気が漂うんですよ。
金銭感覚
主人公は、遺産を相続して大金持ちになり暇を持て余すようになったこともあって、9号棟の住人と探偵まがいのことを始めるのですが、その金額はなんと!
4億円。
もちろん、令和の現代でも4億円を相続すれば大金持ちなのですが、もし設定が令和なら相続する金額の桁が違ったでしょうね。
あと、やっぱり、1986年以降にバブルになって行くので、たった1年後の1987年に書かれただけでも金額の桁が1桁は上がっていたんじゃないでしょうか。
大金持ちの金銭感覚も、時代を感じられるポイントになりますね。
電話
事件を追う過程で、関係者に当時何をしていたかみたいな話を聞くシーンがあるじゃないですか?
そういうときに、「公衆電話を使うために部屋を離れていました。」
みたいなシーンが出てくると、時代を感じますよね。
当時のことを調べると、ちょうど肩からかけるでっかい携帯電話が登場したばかりで、一般市民はまだ携帯電話を持てなかった時代です。
だから、令和の現在ではちょっと通用しないであろうアリバイが出てくるんですよ。
読んでいると、なんとももどかしい気持ちにもなるのですが、それは逆に考えると、現在は言い訳の難しい窮屈な時代になったのかもしれないな、とも思えてきます。
終わりに~これは推理小説なのだろうか?
本書をおじさんになって改めて読んでみると、これは推理小説ではないですね。
と言いながら、裏表紙を改めて見るとユーモア・ミステリーと書いてあります。
ん?ミステリーだから推理小説でいいのか?
なんだかよくわかりませんが、読んでいてもどんでん返し的な展開はあっても推理は物語上、ホームズが事件の謎解きを誘導していくものの、謎解きが物語の本筋というより、登場人物の活躍を際立たせるための推理展開という感じがしました。
それはおそらく、このシリーズの1巻目で短編集という事情もあって、1話をスピーディーに進めるために推理よりもキャラクターの個性優先になったんでしょうね。
ほら、プロレスでも新加入の外国人レスラーの最初の試合のときは、
「このレスラーはこんなキャラですよ~。」
みたいな得意技のフルコースを見せたりするじゃないですか?
赤川次郎氏がそんな意図でわざと書いたのかはわかりませんが、それがむしろ物語を面白くしているんですよね。
このシリーズを読んだのは、たしか中学生のころだったと思うのですが、そのころに読んだ時はもちろん、いま読んでも面白いというのはやっぱりすごいと思うんですよ。
時代設定はすこし変えれば、いまテレビドラマ化しても十分通用するくらいのキャラクターの個性とストーリー展開です。
大人になったいま、とくにコロナでストレスを抱えがちな現在に赤川次郎を読むというのもなかなかいいものですね。
あ、新装版では第九号棟の仲間たちっていうシリーズ表記になったのね。