こういう本との出会いがあるから、古本屋に行きたくなるんだよね。
秘境の女 4 ハレム潜入記
著者:C.サイクス夫人
翻訳:清水正二郎
編者:秘境調査協会
発行所:難波書房株式会社
初版発行:昭和42年(1967年)3月5日
ただし、発行年月日は初版発行日か不明
フィクション?ノンフィクション?
この本、謎なんですよ~。
何が謎かというと、思わず一気読みしてしまうくらいメチャクチャ面白いんですが、内容が本当のことなのか、おばあさんの妄想なのか、それとも小説家が語り口調で書いた作り話なのか?
というところがよくわからないんですよね。
本書のはじめに的な部分によると、
C.サイクスという名はロンドンに移り住んでから名乗った名前で、元々はヨーロッパ生まれでエジプトのハレムに嫁いでからはジヤビタン(ジャビタン)妃殿下と呼ばれていた。
ようなのですが、検索してもアクマイザー3のリーダー、ザビタンしか出てこないんですよね。
さらに、彼女の父親はドイツ・オーストリア帝国の伯爵、ヨーゼフ・オン・ツエンドリク伯爵、母親はウィーンの国立オペラ劇場の女優、ソフイヤ・リリエ嬢だというのですが、やっぱり検索しても出てきません。
本書のテキストは、アメリカのフイラデルヒヤ州囲書館にある。(原文ママ)
とあって、1955年に出版されたものの忠実な翻訳なんだそうな。
ちなみに、この本は『秘境の女』シリーズ全10巻の中の4巻目で、まあ胡散臭いといえば胡散臭い本です。
ちなみに全10巻のタイトル全ても記載しておきましょう。
①シルクロードの美姫 M.タイクマン夫人
②コーランの女達 W.ホーファー嬢
③八千米の秘密 F.カマル嬢
④ハレム潜入記 C.サイクス夫人
⑤黒い女奴隷 A.ウイリヤム夫人
⑥山高帽の娘 G.ベルトラン夫人
⑦割礼の秘境 E.スチュアート嬢
⑧スフインクスの情熱 W.ムアーヘッド嬢
⑨浜辺の踊り子 Y.メルヴィル夫人
⑩食人種の中を行く T.クリストハー夫人
八千米ってなに・・・
食人種の中をっていったい・・・
正直、全巻揃えたくなるくらい、メチャクチャ気になりますね!
メチャクチャクレイジーな女性観
内容は、サイクス夫人の生い立ちから、エジプトの殿下に見初められハレムに入り、そこでどんな生活をしていたかなどが書かれています。
ただ、サイクス夫人の女性観がメチャクチャ危ないんですよ。
現代なら炎上必至の女性観。
幼少期に、町の悪ガキにお尻をむき出しにされてベルトで打たれた経験から語られるのですが、その部分を引用してみましょう。
P.23~24から抜粋
今までのあたしはあまりにも自由でありすぎたのです。そして女の子は自由であつてはいけないのです。女には自由は必要ないのです。
むしろ自由は禁物でもあるのです。
女にもつとも必要なのは、きびしい拘束の中で男に哀願し、許しを願い、ぶたれ、苦しめられる生活なのです。その中にこそ、女がもつとも喜ぶ、愛の姿があるのです。
ね、もうメチャクチャでしょ?
生産性がないとかなんとか言って炎上する議員も卒倒しそうな考え方じゃないですか?
こういう考え方以外でも、差別的な表現やなんだかおかしな言い回しが満載で、そんなところに時代を感じることができます。
また、極端に浮世離れしたそういう描写がむしろ、妙にリアリティを増させる要因になっているんですよね。
ただ、さすがに現在は、そのままで再販することはできないだろうな。
本当に面白いんですけどね・・・。
あ、ちなみに本来なら小文字の『っ』や『ェ』などが使われるところが大文字なのは、本書の出版が古いせいか全部大文字で印刷されているからなので、ご了承を。
原書はもっと長編だったのでは?
気になる点があるとすれば、終章の手前の章が唐突に終わるところです。
というのも、ハレムを自分の思い通りにするために、古株の女達を売り払い、若い女を20人買って自分の性奴隷に仕立て上げたことが書いてあるのですが、そこから急に80歳目前の老年期に飛んで終わるんですよ。
ロンドンに逃げのびるまでの話は、ほんの少し触れているだけで人生の50年分くらいが飛ばされているんですよ。
こういうところも、もしかしたら本当にフィラデルフィア州の図書館に原書があるのかもな、と思わせられるんですよね。
あと、日本ではたくさんの女性に囲まれることをハーレムと表現することがありますが、本書はハーレムではなくハレムと表記されているように、少し調べた限りではハレムの本来の目的と姿が描かれているようです。
これも、日本人がただハーレムを舞台にしたちょいエロ小説を書こうとしたのなら、わざわざリアルなハレムを舞台にしないと思うので、これまたリアリティを感じちゃうんですよ。
夫人は若者へ静かに語る
終章では、もう直ぐ80歳になるサイクス夫人がロンドンのホテルで、現在の境遇を語ります。
夫は20年前に戦死。
国は、夫の兄であるアブズル陛下の長男坊がハレムにうつつを抜かしすぎて滅び、百姓上がりの独裁者に支配されてしまった。
その中で自分は、今後一切国に立ち入らないことを約束して命拾いしロンドンへ落ち延びることができた。
そして、終のすみかとなったロンドンのホテルで、奴隷市で売り払ったハレムの気に食わない50代の女たちよりもかさかさに干からびた自分の皮膚や痛風で曲がらなくなった腰を嘆き、従者どころか友達すら一人もいない自分の姿にため息をつきます。
そんな境遇の中で最後、読者に語りかけます。
最後を引用します。
さて、この本はハレムで生活したヨーロッパ生まれの女性が語る、真実の体験記なのでしょうか?
それとも、ただの小説なのでしょうか?
もし、古本屋で出会うことができたら、ぜひ一読して欲しい1冊です。