ストレイバード はぐれ鳥の止まり木

瀬戸市の読書コミュニティスペース ストレイバードの日記です。主に昭和の微妙な本、珍本、奇本を中心に紹介しています。

新宿二丁目は文化と多様性を育んだ街を知りたい人にオススメの本

新書新宿二丁目書評タイトルイメージ画像

 

大きな書店を歩いていると、小説のコーナーや経済・ビジネス、サブカルチャーなど、カテゴリー別に分けられて整然と並べられてある。

 

でも、新書と呼ばれる173mm×106mmの縦長で微妙な厚みを持った本たちが並べられた区画だけは異質だ。

 

自己啓発や歴史、宗教やアニメ、風俗と環境問題などが特に区別されることなく隣り合って並んでいる。

 

しかも、あの頼りなさげな厚みのせいで、ギューギューのすし詰め状態に見える。

 

そんな異文化が混在した書棚が不思議と似合う1冊を見つけた。

 

新宿二丁目 (新潮新書)

新宿二丁目

著者:佐藤隆信

発行所:株式会社新潮社

初版発行:2019年6月20日

 

 

本書の感想とお断り

 

え〜、先に言っておきます。

 

本書、新宿二丁目は、おそらく世界的にも有名な夜の街がどのようにできていったかを、綿密な取材をもとに書かれています。

 

内容は、セクシャルマイノリティーやジェンダー問題を考える上で参考になるのはもちろんですが、ぼくが読んでいて感じたのは近現代史としての魅力です。

 

新宿という非常に絞られた地域の、江戸時代から平成までの学校では決して習うことのない歴史が面白いんです。

 

新宿という地域には、江戸時代に作られた町によって人を引き寄せる磁場ができ、それが現在まで脈々と息づいている。

 

そして、あることをきっかけに街の持つ磁場はそのままに色がガラッと変わっていく。

 

そんな地域の変遷をていねいに調べ上げてくださり、わかりやすくまとめて1冊の本として誰でも読めるようにしてくれたありがたさ。

 

こんな本があるから、読書はやめられないんですよ。

 

 

と、書評が苦手なぼくが精いっぱい短い文章で本書の魅力を書きました。

 

以下は、いつも通り、書評というよりは本書を読みながら頭の中で渦巻いていたことや、興味が湧いて調べたことなどを気がすむまで書き連ねました。

 

とくに今回は、働き方に関連することを書いているブログのほうに載せるか迷ったくらい、ぼくの思う仮説に近い隠れた社会問題を絡めて書いています。

 

ですから、もし、いまあなたにお時間があって、

「仕方がない、少し付き合ってやるか。」

というおおらかな気持ちとともに何を書いているのか興味がありましたら、先にお進みください。

 

 

特定の友達が欲しいと思うのも差別なんだろうか?

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新宿二丁目なんて場所は、地方民にとっては昔トゥナイトⅡなどの深夜番組で観たことがあるけど、まるで正体のわからない秘境、得体の知れない異世界だった。

 

それが、エロに対する好奇心が盛んなハタチ前後になると、ハッテンバという言葉の意味もわかってきて、セックスは男女でするものとは限らないことを知るわけです。

 

現在は知らないけど、以前は名古屋の某公園のトイレが有名なハッテンバだと言われていて、度胸なしだったぼくと友だちは、その公園には夜に行くのはやめようと話していた。

 

考えてみたら、不良になんてなれず、部活の上下関係にも馴染めない帰宅部なぼくらが、そもそも夜の公園に遊びに行くことなんてなかったんだけど。

 

じゃあ、いわゆるゲイやホモと言われる人たちに強烈な差別意識があったかというと、そんなことはなかった。

 

現在40代のぼくが物心つくころには、美輪明宏や美川憲一などをテレビで見る機会が普通にあったせいか、親の世代に比べるとゲイや女装した人に対する偏見は少なかったように思う。

 

とはいえ、また人生経験の浅い10代のころ、身近にセクシャルマイノリティーのひとがいたら、やっぱり馴染めなかっただろうなとは思う。

 

現在も、マツコ・デラックスやナジャ・グランディーバ、ダイアナ・エクストラバガンザがテレビタレントとして、キワモノキャラながら、他のタレントと同列で違和感なく観られている。

 

ただ、ここでふと考えてしまう。

 

テレビのアンケートなどで、一緒に飲みたい人にマツコ・デラックスの名前が上位に挙がるじゃない?

 

ぼくも、マツコ・デラックスのような人が友だちに欲しいと思うんだけど、女装家やゲイ、レズビアンというマイノリティーと言われる人を特定して友だちにしたいと思うことも、差別したことになるのだろうか?

 

これは、ぼくとしては悩ましい問題なのです。

 

なぜかというと、ほかのブログで書いたことがあるのだけど、日本の中にはLGBTよりもわかりにくい、性的な部分とは別のところで、おそらく本人すら他人とどこが違うのかわからず苦しんでいるマイノリティーがたくさんいるはずなんです。

 

ぼく自身もそんなマイノリティーの1人な気がしているからです。

 

それはたとえば、働き方だったり、人との距離感だったり、時間感覚だったりと、色々な要素で大勢の人たちが当たり前に受け入れていることが難しいと感じる人っているんですよね。

 

その難しいが苦しいに変わって社会から距離を置かざるをえなくなった人が、引きこもりと呼ばれる人たちの中に混ざっているはずなんです。

 

でも、そういう人たちってマイノリティーとしてどこに分類したらいいかわからないじゃないですか?

 

そういう本人が自覚できないマイノリティーは、LGBTの人たちにとっての新宿2丁目のような場所もどこにもないので、疎外感を癒す機会もないまま引きこもるしかなくなるのではないか?

 

と思ったりするんです。

 

社会の効率化が生んだマイノリティーは、どこに行けばいいんでしょうね?

 

あ、ちなみにダイアナさんの名前を挙げたのは、単にエクストラバガンザと書きたかっただけです。

 

 

アングラ文化が担っていたであろう価値

アングラキャラのレスラー画像

 

本書の第10章で、アングラ文化について触れられている。

 

アングラ文化というと頭にハテナが浮かぶ人もいるかと思いますが、俳優のピーターが主演した映画や、寺山修司の劇団・天井桟敷というとなんとなくイメージできるのではないだろうか?

 

劇団・天井桟敷については、現在もカルト的な人気を保っているアニメ、少女革命ウテナの世界観や作中の曲を天井桟敷でも活躍していたJ.A.シーザーで知っている若い人もいるかと思う。

 

あと、やっぱり新宿のアングラといえば、唐十郎の状況劇場でしょうね。

 

本書では、唐十郎のそばには四谷シモンなど、『クィアな人たち』がいたと書かれてる。

 

天井桟敷についてはけっこうな数の作品が映像として残っているので、現在でも観ることができるが、ハリウッド映画などのわかりやすい映像が好きな人には、奇妙奇天烈な世界観だと思う。

 

そういう奇妙な世界観の演劇を、現在ではクィア演劇というんだそうだ。

 

 

クィアとは?

クィアな人のイメージ

 

ところで、クィアとはどういう意味なんでしょうね?

 

ぼくも本書を読むまで知らなかった単語だったので、さっそく調べました。

 

jobrainbow.net

 

詳細に興味がある方にはリンク先を読んでいただくとして、元々は『風変わりな、奇妙な』という意味なんだそうで、現在の人間として肯定的に使われるのと違い、以前はゲイの蔑称だったんですって。

 

クィア演劇にせよ、クィアな人々にせよ、一見風変わりで奇妙な世界観で表現しているのは、人間の本質であったり人間性に潜むものを表出させようとしたんじゃないか?

と想像すると、現在は肯定的に使われるようになったクィアという言葉に積み重ねられていった思いの強さが見えてくるようですね。

 

 

現代の見えないマイノリティーと消されたアングラ文化の価値を思う

マイノリティーのイメージ画像

 

現在は、アングラ文化という言葉はあまり使われることがなく、サブカルチャーやカウンターカルチャーという言葉に置き換わっていますね。

 

ただ、それぞれの言葉が表す本質的な意味は、少し違っている気もする。

 

現在のアングラ劇団から続くサブカルチャーというと、どちらかというと悪趣味な見世物の部分がクローズアップされているイメージがある。

 

現在、ネットなどでたまに紹介されるイベントなどは、極端に偏ったフェティッシュな表現になってしまい、そこは一瞬の快楽を楽しむ空間になっている気がするのは、ぼくのマイノリティー差別的な視線だろうか?

 

きっと、異論反論はあるでしょうが、ここではぼくが想像する過去のアングラ文化の役割を書くために、あえて一瞬の快楽を楽しむ空間という表現を使わせてください。

 

これはぼくの勝手な思い込みも含むのですが、1960年代は終戦の年からせいぜい20年程度しか経っていなく、また1968年~1969年の全共闘学生運動が警察によって制圧され社会から混沌とした熱が冷めていくまでの時期に、経済が急激に発展していく一方で日本人としてのアイデンティティが外圧によって脅かされる不安が社会に漂っていなかったのか?

 

そうした空気の中、不明瞭になっていく日本人の思想や文化に対する戸惑いや、発展の波に様々な理由でついていけない人たちの煩悶の場であったり、一時的な生きる場、今で言うところのサードプレイス的な役割としてアングラ文化が存在していたのではないか?

と思うのです。

 

天井桟敷の活動期間は1967年~1983年、状況劇場の活動期間は1963年~1988年とのことだが、アングラ文化が成熟していったのは1965年~1975年の間ではないだろうか。

 

その間に、アングラ文化というサードプレイスが横尾忠則や金子國義のようなアーティストを育て、根津甚八や時代は少し後になりますが佐野史郎のような個性派と呼ばれる俳優が育っていった。

 

ここからはまったくの想像だが、育っていったのはアーティストや俳優だけではなくて、裏方で舞台づくりをしていた人や、広告や経理をしていた人も、最初は自分が何者かわからなくて生きづらさを感じていたけど、アングラ文化というサードプレイスにたどり着き、そこで居場所を見つけながら自分の気持ちと折り合いのつけられる生き方を身につけていったんじゃないか?

と思うのですが、それはさすがに妄想がすぎるだろうか?

 

解体される遊郭の画像

 

ただ、そんなアングラ文化もバブル崩壊以降の経済効率を優先する社会では、存在意義を失っていく。

 

なぜなら、経済が効率よく回るシステムには、非効率な思想や文化はむしろ邪魔な存在だからだ。

 

会社で仕事をするのに、いちいち意義や意味を考える時間は無駄なだけだ。

 

だから、学校では企業に入社して働くのに都合のいいことしか学ばせない。

 

たまに社会や美術の先生の中に、教科書に書いてあることは正しいか考えさせたり、授業中に今思えばあれはアングラ文化だったのか、というような映像を観せてくれる先生がいたが、そういう先生はまだ子供だったぼくの目にも少し浮いた存在に映っていた。

 

もちろん、今のぼくにはその先生たちの方が共感できるので、困ったものです。

 

話が少し脱線しましたが、経済の浮き沈みはあっても、2015年ごろまではITが経済活動を引っ張っていたため、アングラ文化はサブカルという名に変わって消費物として残りはしたものの、マイノリティーのサードプレイスとしての機能は失ってしまった。

 

現在のサブカルは企業の経済活動と大きな差はなくて、人とのつながりはドロドロとした感情を嫌う分、損得勘定にばかり偏っていて、ある程度の損得より才能の開花や人と運命が交差する兆しをつかめるまでお互いを支えあいながら何かを育てていく相互扶助の側面を失ってしまったように思えるのだ。

 

 

昭和レトロブームと二丁目文化

遊郭だった建築物の画像

 

1970年代生まれのぼくは、これまでは昭和のナンセンスやアングラ文化をギリギリ感じることのできた世代だと思っていたんだけど、本書の平凡パンチについての項を読んでみると、「あー、ぼくは昭和の本当に面白かった時代には一足遅れだったんだな。」と思うしかなかった。

 

なぜなら、平凡パンチの尖っていた時代、ぼくらはまだ幼すぎたから。

 

平凡パンチが、ずいぶん昔にゲイカルチャーなどを扱っていたなんて知らなかった。

 

これはとくに本書とは関係ないのだけれど、本書で平凡パンチについて知ったときに感じた残念感は、ぼくが最近興味があった、とあるブームに感じた残念感に似ている。

 

それは、平成の最後に地味にきていた昭和レトロブームだ。

 

その昭和レトロブームの中でも、女性に人気がある遊郭跡散策だが、散策をしながら残念な思いをさんざんしているのだ。

 

残念な思いといっても、マナーがどうとかという話ではない。

 

残念なのは、平成30年代から令和の時代に遊郭跡を見ようにも、多くのものが失われてマンションなどに変わってしまっていること。

 

もしぼくが10年早く生まれていたら、平凡パンチの本当に面白い時期、つまり昭和の一番面白かった、かもしれない時期をリアルタイムで味わえたのに・・・・。

 

という気持ちに近く、遊郭跡の魅力も10年前に気づいていれば、時代を感じられる建物にもっとたくさん出会えただろうに・・・。

 

なんていうことが街を歩いているとき頭をよぎり、もう取り戻しようがない時間と景色の切なさを感じるのです。

 

本書でも少し語られているように、二丁目で培われた文化は現在ではずいぶんとオープンなものになっていて、それはノンケの人と同じくセクシャルマイノリティーの人も出会いの場が街からネット空間に移動したため、二丁目のお店がノンケのお客も受け入れないと成り立たなくなってきているせいもあるようだ。

 

それは、少なくとも日本ではセクシャルマイノリティーとマジョリティー、という表現がいいのかはわからないけど、これまでに存在した垣根が低くなって、お互いが理解できる機会と、当たり前の友人として付き合う人が増えていく可能性が上がったと思える。

 

でも、その一方で、新宿二丁目で培われてきた文化の濃さは失われていくしかないのかな?

 

と思うと、二丁目に一度も関わったことがないのに、なんだか寂しさを感じてしまうぼくの身勝手さ。

 

本当に身勝手だよなと思いつつ、文化の濃さがだんだん薄まっていく理由が、穏やかだけど優しい風が流れこんだせいだとしたら、それは二丁目の文化が誰にでも優しいジェンダーレス文化に更新される兆しなのかもしれない。

 

そのとき、昭和から平成にかけて古い建物が消えるにつれ、日本中の街が同じ表情になったみたいに、新宿二丁目がどこにでもある飲み屋街の一つにならないでほしい。

 

なんて書いてみたけど、本書に書いてあるような歴史的な業から考えれば、新宿二丁目から個性が失われることなんてありえないのかもしれないけど。

 

 

多様性の間合いとこれからのサードプレイス

未来のサードプレイスのイメージ画像

 

本書の最終章で、多様性の間合いという表現が出てくる。

 

これは、新宿二丁目の盆踊り大会で見られる様々な人たちがお互いに過剰に干渉することなく、それぞれに楽しんでいる様子を表現したものだ。

 

この多様性の間合いって、いつからかメディアが曖昧を許さず、すべての事象にマルかバツか選ばせるようになって以降、日本社会の多くの場面で失われた感性だと思う。

 

ただ、この間合いだけはもう一度取り戻せる気がしている。

 

だって、人間なんて曖昧に揺らげる余白があるからこそ、健康的に生きられるんじゃない?

 

現在は、効率と極論でお金を稼ぐ人が強くて、それを信奉する人も多いんだけど、効率と極論の人ってひと世代前のサードプレイスから出てきた人と考えられないだろうか?

 

効率と極論は、適当な間合いを求めるのではなく、まるでじしゃくのS極とN極のように損得を条件に強力にくっつくかバッサリと切り捨てるかの2択だけだ。

 

ぼくはそろそろ、効率と極論を聞くだけで疲れてしまうようになっているんだけど、それは決してぼくだけの話ではない気がしている。

 

人間はなんだかんだ言いながら、心のどこかで承認と繋がりを求めているウェットな生き物だ。

 

承認と繋がりが欲しければ、どこかで歩みよりが必要になる。

 

これまでは、手放しようがない生来のハッキリと分かる個性を持ったマイノリティーが、一般社会と上手に折り合って生きていくためにサードプレイスを必要としてきたように思う。

 

現在は、そのサードプレイスから横尾忠則のようなアーティストやファッションデザイナーのように個性的で豊かな感性を認められて活躍する人たちも現れた。

 

その一方で、多様性の中の見えにくい人たち、一般社会でグズとかバカとか話が噛み合わないとか不器用とか言われて役に立たないと弾かれてきた人たちの中にいる、個性の正体が自他ともに見つかっていない人たちが、多様性社会の中で折り合いをつける方法を見つけていくサードプレイスが必要になるはずだ。

 

本書でも、新宿二丁目のサードプレイスとしての役割について語られているが、ぼくも新宿二丁目がこれまでより広い多様性を育てられる街に成長していってほしいと心から願っている。

 

新宿二丁目が、ジェンダーを超えた多様性社会の静かな先駆になるといいなあ。

 

と、新宿二丁目となんの繋がりもないぼくがまた身勝手なことを言いつつ・・・。

 

おしまい。

 

 

 

 

新宿二丁目 (新潮新書)

新宿二丁目 (新潮新書)

 

 

 

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