ストレイバード はぐれ鳥の止まり木

瀬戸市の読書コミュニティスペース ストレイバードの日記です。主に昭和の微妙な本、珍本、奇本を中心に紹介しています。

アイドルとプロレスには読み込みが必須なのです。

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アイドルとプロレスは、むしろ読んで楽しむものです。

 

 

 

みなさんは、IDOL AND READという本、知ってますか?

 

IDOL AND READ

IDOL AND READ

 

 

最近、アイドルをテキストで紹介する本が結構出ているんですよ。

 

インタビューなどを通じて、曲やグラビアでは見えないアイドルの内面を見せていく、文科系的アイドル表現方法とでもいいましょうか。

 

アイドル文化がサブカルチャー化する過程で、アイドルをこれまでとは違う視点で切り取る方法が、ほとんど文字だけで構成された雑誌というのはすごく面白いですよね。

 

ボクはこの雑誌と、ほぼ文字で構成されたプロレス雑誌、KAMINOGEが好きです。

 

KAMINOGE 80

KAMINOGE 80

 

 

どこに魅力を感じるんだろう?

 

カメラでピントがビタッと合って会心の写真が撮れるかのように、アイドルもプロレスもライブや試合までに起こる挫折や遺恨の物語の輪郭がファンの中でクッキリとすればするほど、本番は『エモく』なるわけです。

 

つまり、文字ばかりのアイドル、プロレス雑誌は、ファンがライブや試合を観戦しに行くのではなく、参戦するために必須のテキストなわけです。

 

そう!

アイドルのライブもプロレスの試合も、もう観戦するものではなく、参戦するものなのです。

 

 

 

でも、面白いと思いませんか?

 

可愛さを愛でる対象であったはずのアイドルが、

 

肉体のぶつかり合いを見て興奮していたプロレスが、

 

現在は、そのライブ、その1試合のバックグラウンドに流れる物語、

 

あの子がアイドルを目指した理由とそれまでの生い立ち、

 

メンバーが突如引退してしまってからの葛藤、

 

プロレスラーがチャンピオンに噛み付いた裏にある物語、

 

それをあらかじめ知っておくことによって、長い時間軸で複雑に楽しみ続けるエンターテイメントに進化しているんですよ。

 

 

アイドルの世界

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グループによっては、アイドルのライブ会場には中年と女性ファンがすごく多いんですよね。

 

そんなファン層が増えた理由は、アイドルとの距離感が変わったからでしょう。

 

早見優や全盛期の酒井法子などが活躍していた、ひと昔前のアイドルはプロフィールから休日の過ごし方まで全てがファンタジーで塗り固められていました。

 

「好きな食べ物は?」と聞かれたら「いちご」と答えるやつですよ。

 

それが、最近は年齢や趣味を正直に答えるアイドルが非常に多くなったんですよね。

 

ボクはアイドルに関してはすごく偏った知識しかないので、ディープなところまではわかりませんが、アイドル戦国時代を声高に叫んで一気にブレイクを果たしたももいろクローバーZは、好きな食べ物をスルメなどのお酒のつまみのような、男女問わず「やっぱりそれって美味しいよね!」と共感したくなるものを挙げ、実際に美味しそうに食べたわけです。

 

そして、決してうまいとは言えない歌唱力で歌いながら全力で踊ることで、見ている人に『エモい』と言われる感情を引き起こしてファンを増やしていったんですよね。

 

でも、ももいろクローバーZは、実は共感を引き起こしてファンを増やしたわけではないと思うんですよ。

 

どちらかというと、全力と無邪気さで、まるで自分の娘か妹のような親近感を生みだしてファンを増やしたんだと思います。

 

蛇足でいうなら、1万人以上の大きな会場を満員にできるようになってからは、ゲストにさだまさしを代表とする大ベテランと共演させることによって、ももクロを孫のように感じる初老以上の年代まで認知度を拡げていますよね。

 

ということは、場合によっては露悪的に見えるようなぶっちゃけかたはさせていません。

 

ということは、ももクロは現在『エモい』と言われるアイドルとは別の系譜でしょう。

 

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では、現在の『エモいアイドル』像を作ったのは、どのグループだと思いますか?

 

ボクは、でんぱ組.incとBiSじゃないかと思っています。

 

この2つのグループは、毛色はかなり異なるのですが、どちらもコンプレックスと挫折した過去を隠さず発信することでアイドルであるにも関わらず人間くささを共感力に変え、同じような悩みを持つ人たちをファンにしていったんですよ。

 

ただ、でんぱ組.incとBiSでは、発信する内容とその後の展開が逆方向といってもいいくらい違います。

 

でんぱ組.incは、引きこもりだった過去などを発信し、途中のグループとしての挫折も隠さず語ることで、ファンはそんなメンバーと一体になって頂点を目指す!

みたいな感じになっていった、はず。

 

 

一方のBiSは、挫折が過去というよりは現在進行形で展開していく感じで、ご存知の方も多いと思いますが話題になるのなら裸でも喉ちんこでも、メンバー同士のいざこざでも公開して知名度を上げ、曲を聴いてもらう戦略をとったグループです。

 

どちらのグループも、実は曲がいいということが伝わって従来のアイドルファンだけでなく、ロックやパンクのファンを新たに開拓していったところに特徴があります。

 

特にBiSは、曲がアイドルファン以外も受け入れやすい良曲ばかりな上に、プー・ルイという依存のアイドル像をぶっ壊す破天荒なキャラでありながら歌うとエモさが爆発するというリーダーのおかげで、ライブも既存のアイドルとは別物の破壊力がありました。

 

現在、ロック色を強く押し出してライブでも絶叫したりダイブをするアイドルグループが増えましたが、これこそBiSが開拓した、可愛さは二の次にした『エモいアイドル』というジャンルが根付いた証拠でしょう。

 

余談ですが、新生BiSの姿を見ていると、『エモい』と『アツい』は似て非なるものなんだな、ということがわかるというか、一部のメンバーにそろそろわかってほしい・・・

 

 

ちなみに、BiSがどんな戦いをしていったのかを知りたい方は、OTOTOYのインタビューは必須です。

ototoy.jp

 

 

プロレスの世界

 

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さて、プロレスについては30年くらい前のボクが高校生の頃は、正直に言って観客は粗暴な人が多かったですよ。

 

ファンでごった返したグッズ売り場の前で、肩がぶつかったからって罵声を浴びせてきたり、リングに物を投げ入れたりする人、本当にいましたからね。

 

でも、現在はご存じの方も多いでしょうがリングサイド席には若い女性が多いし、男性客もマナーのいい人が多くなったように思います。

 

プロレスにマナーのいい観客が増えた理由はアイドルとは逆で、何でもありからイメージの絞り込みへのシフトが成功したんだと思います。

 

そして、成功した理由はやはり、新日本プロレス棚橋弘至さんの影響が大きいのではないでしょうか?

 

棚橋さんは、プロレスがリングスやK-1などの格闘技人気に追いやられて影が薄くなってしまった、いわゆる『プロレス冬の時代』に、プロレスの定義をし直した人だと思うんですよ。

 

格闘技ブーム以前のアントニオ猪木が築いたストロングスタイルは、力道山の頃の日本人が外国人を倒すというカタルシススタイル』から、空手や柔道、果てはプロボクシングの象徴とも言えるモハメド・アリとの異種格闘を展開するに至る『プロレス最強ビリーバースタイル』への拡大定義でした。

 

あえて拡大定義としたのは、『カタルシススタイル』と『プロレス最強ビリーバースタイル』のどこが違うのかを考えると理解してもらえると思います。

 

 

カタルシススタイル期

 

この頃の庶民がプロレスに求めたものは、敗戦の悔しさと欧米人に対するコンプレックスに対する憂さ晴らしでした。

 

まだテレビがそれほど普及していなく、街頭テレビなんていうものがあった時代で、一般庶民の持つ情報量、つまり知っている世界がまだまだ狭かった時代では、『日本人=自分達』が『欧米人=超えられない壁』を倒すことでカタルシスを感じるための舞台としては、プロレスのリングという限定された世界だけで十分でした。

 

 

プロレス最強ビリーバースタイル期

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しかし、そのスタイルも高度成長期になりバブル時代を頂点に役目を終えます。

 

なにせ、高度成長期に入ると総中流社会と言われるくらいみんなが豊かになっていき、テレビや自動車が一家に一台あるのが当たり前になっていくと、「俺たち結構すごいんじゃない?」といった感じで自己肯定感も上がっていきました。

 

そして、1989年には三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを買収するという、最大のカタルシスを経験したんです。

 

このように、バブル時代は日本人から敗戦によるコンプレックスを消し去ってしまったので、プロレスファンは日本人が欧米人を倒してもカタルシスを感じなくなったんですね。

 

実際に、1980年前後には「プロレスなんて八百長だろ?」という風潮が起こり、プロレスラーの強さを疑う人が増えていたようです。

 

そうなると、プロレスも庶民の感覚に合わせて次のステージに進む必要がありますよね。

 

そこでアントニオ猪木が発明したのが、異種格闘技だったわけです。

 

強さを証明するのにこれほど分かりやすい方法はないですよね。

 

なにせ、他の格闘技と実際に戦って勝敗をつければいいわけですから。

 

しかもこれって、子供から大人までプロレスが少しでも好きなら一度は妄想したことがあるじゃないですか?

 

「猪木とアリが戦ったら、どっちが勝つんだろう?」

 

「プロレスラーはタフだから、ボクサーのパンチなんか効かない!」

 

「ボクサーはバックドロップなんて経験したことがないだろ」

 

「いや、プロレスラーにはボクサーを捕まえることすらできない!」

 

「ボクサーのジャブは避けられない!」

 

「いや、でも、、、、」

 

と頭の中で延々と続く妄想にニヤついていたことがあるのは、ボクだけではないはず!

 

 

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再び冬の時代へ・・・

 

そんな、妄想の中でしか実現しなかった対戦が現実になったんですから、それはみんな食いつきますよね。

 

そんな夢の実現でプロレス最強伝説を作っていたはずが、K-1やPRIDEによって躓き始めます。

 

プロレスが総合格闘技の大会に参加しだしてから、雲行きが怪しくなったんですよね。

 

割と負けることが多くて、再び最強を疑い出す人が増えだしてプロレス人気が陰りだしたんですよ。

 

そして、プロレスに失望して一気にファンが離れる原因になったと思われる試合が、高田延彦VSヒクソン・グレイシー戦じゃないですか?

 

あれで、プロレスファンが最強を信じられなくなった。

 

というか、夢から覚めて「プロレスは強い!」と言えなくなってしまった。

 

これはもう、プロレスが死んだといってもいい出来事だったと思います。

 

ですから、そこからもう一度プロレスの存在意義を作り直すのが難しく、それこそツンドラ級の冬の時代に突入してしまったんですねえ。

 

 

そして太陽は立ち上がった

 

実際に観客が大幅に減り、コアなファン以外は見向きもしなくなった中で、もう一度プロレスに熱狂してもらうために戦っていたのが棚橋弘至その人だったんです。

 

棚橋弘至がプロレスを再定義するために参考にしたのは、仮面ライダーや漫画の世界のヒーロー像だと思います。

 

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ビジュアルも技も派手で、とにかくわかりやすい格好良さを見せていった。

 

ヒーローには欠かせない、キメポーズも作った。

 

会場に来てくれたファンに、ど直球で「愛してまーーーす!!」と叫んだ。

 

プロレスをPRできるなら、バラエティ番組でもイベントでもどんどん出た。

 

そうしているうちに、強くてカッコいいプロレスラーは新たなファン層を開拓したんですね。

 

それが、過去にはほとんどいなかった一般女性なんです。

 

昔は、プロレス会場にいる女性といったらヤンキーかキャバクラで働いているっぽい派手な人しかいなかったですよねえ。

 

それが、現在のプロレス会場は、リングサイド席におしゃれなファッションをした普通の女性がたくさん座っています。

 

そんな会場の異変をテレビ番組などが取り上げて、「あれ?最近のプロレス、どうなってるの?」と興味が湧いたオールドファンがまず食いつき、次いで「若い女性が夢中になっているプロレスって何?」と様子を見ていた過去にプロレスをほとんど見たことのなかった人たちが、派手でかっこいいアクションの技に魅了されてファンになっていったんでしょう。

 

もっと言うと、いざプロレスを観出すと、本来はヒールであったはずが、実はスウィーツ好きと言う激しい高低差の魅力を持つ真壁刀義選手など、ハッキリとしたキャラクターを持った選手がたくさんいて、ストリートファイターのキャラクター選択のように棚橋選手以外にも自分に合った選手が選べたんですよ。

 

つまり、「プロレスは最強か?」を追求する世界から、新たなファンを開拓することによって「ヒーローたちが強さを競う」世界にシフトチェンジしていったんです。

 

そうやって、棚橋選手を中心にプロレスは新たに『みんなのヒーロースタイル』として再定義することに成功したのでした。

 

一方で、新日本プロレスの選手を中心に、ストロングスタイルを放棄したわけではないんです。

通好みの攻防も健在なので、プロレス通も十分楽しめる試合になっているんです。

 

それを証明したのが、天龍源一郎選手の引退試合の対戦相手をしたオカダ・カズチカ選手じゃないですかねえ。

 

 

これも余談ですが、棚橋選手は現代プロレスの象徴と言うだけではなく、過去に付き合っていた女性に刺されるという事件を起こしているので、そういう意味では力道山の後継者といってもいいかもしれません?

 

 

こうして日本はエモくなってゆく

 

こうやってヒーローたちの世界を気づくことで、プロレスもアイドルと同じような『エモい』場を作り上げていることができているんだと思います。

 

そして、どちらも『エモい』から現場に参戦したくなるし、語りたくなるんですよ。

 

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日本の文化は、どんどんサブカルチャー化していってるんでしょうね。

 

楽しみ方が、今後ますますマニアックになっていくのでしょう。

 

仕事も趣味もきっと、この発想が大切になっているんだと思います。

 

 

 

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渡辺淳之介:アイドルをクリエイトする (MOBSPROOF EX)

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これは真実の話なのだろうか?[秘境の女 4 ハレム潜入記]

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こういう本との出会いがあるから、古本屋に行きたくなるんだよね。

 

秘境の女 4 ハレム潜入記

著者:C.サイクス夫人

翻訳:清水正二郎

編者:秘境調査協会

発行所:難波書房株式会社

初版発行:昭和42年(1967年)3月5日

ただし、発行年月日は初版発行日か不明

 

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フィクション?ノンフィクション?

 

この本、謎なんですよ~。

 

何が謎かというと、思わず一気読みしてしまうくらいメチャクチャ面白いんですが、内容が本当のことなのか、おばあさんの妄想なのか、それとも小説家が語り口調で書いた作り話なのか?

というところがよくわからないんですよね。

 

 

本書のはじめに的な部分によると、

C.サイクスという名はロンドンに移り住んでから名乗った名前で、元々はヨーロッパ生まれでエジプトのハレムに嫁いでからはジヤビタン(ジャビタン)妃殿下と呼ばれていた。

ようなのですが、検索してもアクマイザー3のリーダー、ザビタンしか出てこないんですよね。

 

さらに、彼女の父親はドイツ・オーストリア帝国の伯爵、ヨーゼフ・オン・ツエンドリク伯爵、母親はウィーンの国立オペラ劇場の女優、ソフイヤ・リリエ嬢だというのですが、やっぱり検索しても出てきません。

 

本書のテキストは、アメリカのフイラデルヒヤ州囲書館にある。(原文ママ

とあって、1955年に出版されたものの忠実な翻訳なんだそうな。

 

ちなみに、この本は『秘境の女』シリーズ全10巻の中の4巻目で、まあ胡散臭いといえば胡散臭い本です。

 

ちなみに全10巻のタイトル全ても記載しておきましょう。

 

シルクロードの美姫 M.タイクマン夫人

コーランの女達 W.ホーファー嬢

③八千米の秘密 F.カマル嬢

④ハレム潜入記 C.サイクス夫人

⑤黒い女奴隷 A.ウイリヤム夫人

⑥山高帽の娘 G.ベルトラン夫人

⑦割礼の秘境 E.スチュアート嬢

⑧スフインクスの情熱 W.ムアーヘッド嬢

⑨浜辺の踊り子 Y.メルヴィル夫人

⑩食人種の中を行く T.クリストハー夫人

 

八千米ってなに・・・

食人種の中をっていったい・・・

 

正直、全巻揃えたくなるくらい、メチャクチャ気になりますね!

 

 

メチャクチャクレイジーな女性観

 

内容は、サイクス夫人の生い立ちから、エジプトの殿下に見初められハレムに入り、そこでどんな生活をしていたかなどが書かれています。

 

ただ、サイクス夫人の女性観がメチャクチャ危ないんですよ。

 

現代なら炎上必至の女性観。

 

幼少期に、町の悪ガキにお尻をむき出しにされてベルトで打たれた経験から語られるのですが、その部分を引用してみましょう。

 

 

P.23~24から抜粋

今までのあたしはあまりにも自由でありすぎたのです。そして女の子は自由であつてはいけないのです。女には自由は必要ないのです。

むしろ自由は禁物でもあるのです。

女にもつとも必要なのは、きびしい拘束の中で男に哀願し、許しを願い、ぶたれ、苦しめられる生活なのです。その中にこそ、女がもつとも喜ぶ、愛の姿があるのです。

 

 

 

ね、もうメチャクチャでしょ?

生産性がないとかなんとか言って炎上する議員も卒倒しそうな考え方じゃないですか?

 

こういう考え方以外でも、差別的な表現やなんだかおかしな言い回しが満載で、そんなところに時代を感じることができます。

 

また、極端に浮世離れしたそういう描写がむしろ、妙にリアリティを増させる要因になっているんですよね。

 

ただ、さすがに現在は、そのままで再販することはできないだろうな。

 

本当に面白いんですけどね・・・。

 

 

あ、ちなみに本来なら小文字の『っ』や『ェ』などが使われるところが大文字なのは、本書の出版が古いせいか全部大文字で印刷されているからなので、ご了承を。

 

 

原書はもっと長編だったのでは?

 

気になる点があるとすれば、終章の手前の章が唐突に終わるところです。

 

というのも、ハレムを自分の思い通りにするために、古株の女達を売り払い、若い女を20人買って自分の性奴隷に仕立て上げたことが書いてあるのですが、そこから急に80歳目前の老年期に飛んで終わるんですよ。

 

ロンドンに逃げのびるまでの話は、ほんの少し触れているだけで人生の50年分くらいが飛ばされているんですよ。

 

こういうところも、もしかしたら本当にフィラデルフィア州の図書館に原書があるのかもな、と思わせられるんですよね。

 

あと、日本ではたくさんの女性に囲まれることをハーレムと表現することがありますが、本書はハーレムではなくハレムと表記されているように、少し調べた限りではハレムの本来の目的と姿が描かれているようです。

 

これも、日本人がただハーレムを舞台にしたちょいエロ小説を書こうとしたのなら、わざわざリアルなハレムを舞台にしないと思うので、これまたリアリティを感じちゃうんですよ。

 

夫人は若者へ静かに語る

 

終章では、もう直ぐ80歳になるサイクス夫人がロンドンのホテルで、現在の境遇を語ります。

 

夫は20年前に戦死。

 

国は、夫の兄であるアブズル陛下の長男坊がハレムにうつつを抜かしすぎて滅び、百姓上がりの独裁者に支配されてしまった。

 

その中で自分は、今後一切国に立ち入らないことを約束して命拾いしロンドンへ落ち延びることができた。

 

そして、終のすみかとなったロンドンのホテルで、奴隷市で売り払ったハレムの気に食わない50代の女たちよりもかさかさに干からびた自分の皮膚や痛風で曲がらなくなった腰を嘆き、従者どころか友達すら一人もいない自分の姿にため息をつきます。

 

 

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そんな境遇の中で最後、読者に語りかけます。

 

最後を引用します。

お若い方よ。

どうか楽しい毎日を送って下さい。

老いはすぐ目の前なのですから。

 

 

 

さて、この本はハレムで生活したヨーロッパ生まれの女性が語る、真実の体験記なのでしょうか?

 

それとも、ただの小説なのでしょうか?

 

 

もし、古本屋で出会うことができたら、ぜひ一読して欲しい1冊です。

 

 

 

 

秘境の女〈第4〉ハレム潜入記 (1967年)

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レトロの定義ってなんだろう?[コンドーム自販機を巡る旅]

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コンドーム自販機・・・・

それは思春期の青年にとって、街の中で近寄りがたい聖地だった。

 

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コンドーム自販機を巡る旅~コンドーム自販機もレトロガジェット

作者:ヒラタ

印刷:株式会社 RED TRAIN -ONE BOOKS-

初版発行:2017年3月26日

 

 

 

 

この本を手に取る数日前に、

 

「久しぶりに見た!」

 

と思い、撮影してしまった写真がトップ画像です。

 

自販機を見て数日後にこのZINEと出会うなんて、何か縁を感じちゃいますよね。

 

そんなに大げさなことじゃないって?

 

まあ、そうなんですけどね。

 

レトロガジェットの定義とは?

 

個人的には、副題の『コンドーム自販機もレトロガジェット』という言葉に目が止まったんですよ。

 

著者のヒラタさんは、コンドーム自販機を探すためにGoogleマップで薬局を探しては街を歩いていたそうで。

 

ボクも最近、昭和を感じる建物とか町並みを見るのが好きで、まち歩きをするんですよ。

 

インスタントカメラは最近復活して、若い女性を中心に利用されているようですが、ボク的には一昔前の街角でよく見かけた『プリント特急仕上』の文字のほうにグッときます。

 

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レトロガジェットという狭い範囲に絞ると、何が当てはまるんですかねえ?

 

ちなみに『ガジェット』を大辞林で調べると、

 

ちょっと気の利いた小道具や装置。

 

ということなんですが、なんのことをいうんだろうなあ?

 

例えば、35mmハーフサイズカメラは当てはまる気がするんですけど?

 

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PENTAXのPEN EESです。

ちょっとカスタマイズされてますけど。

 

これは、フィルムも現像代もまだまだ高かった時代に、一般的なフィルムの一コマに2枚撮影しちゃおうという節約的発想のカメラだったんですよ。

 

でも、フィルムの1コマを半分にすると、単純に画質もハーフになっちゃうんですよ。

 

だから、だったのかはわかりませんが、あまり人気が出ずに消えていった規格なんですよね。

 

 

それ以外にはなんだろうな。

 

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レーザーディスクも、レトロですよね。

 

あとは〜〜〜、

 

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おでん煮込み用ストーブ。

 

え?別におでん専用じゃないって?

 

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焼き餅専用七輪は?

 

これも専用じゃないって?

 

でも、これはレトロガジェットじゃないですか?

 

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麦茶冷やし

井戸の冷たい水で冷やすのに使ったんですって。

 

みにくいアヒルの子なのか?

 

こうやってレトロガジェットってなんだろう?と考えて行くと、著者のヒラタ氏が「コンドーム自販機はレトロガジェットとなかなか認めてもらえない」と言う理由もなんとなくわかるような気がしてきます。

 

なぜなら、コンドーム自販機は『現役の自販機』として小さな薬局の前に鎮座しているのを見ることができるからなんですよね。

 

これが、一昔前はバスの停留所とか地下街のタバコ自販機の横に結構な存在感で鎮座していた『チューインガム自販機』のように、今もし見つけられて、さらに現役で動いているのに出会うことができたら、どんなに話し下手な人でも1時間は盛り上がれる!

 

と言うようなレアモンスターにはまだなれていないからなんじゃないかな?

 

ポケモンGOで表現するなら、

チューインガムの自販機はミュー

コンドーム自販機はピカチュー

みたいな。

 

ピカチューってまあまあ遭遇できるじゃないですか。

でも、遭遇するたびテンションは高めになりません?

 

コンドーム自販機って、そんな存在だと思うんですよね。

 

 

でも、否定しきれない理由があるのよ。

 

ただ、コンドーム自販機はレトロガジェットではない!

と言い切れるわけではないんですよ。

 

理由は2つ。

 

1つ目の理由は、

放置状態の自販機が多いことです。

 

薬局も最近は大型店が増えて、コンドームは大箱で2箱いくらの特価で買えるようになりました。

あと、度胸さえあればコンビニでも買えちゃうんですよね。

 

そう言う環境下で、個人経営の小さな薬局はどんどん閉店しています。

 

そんな薬局の前に鎮座しているコンドーム自販機は、役目を終えて中身が空っぽのまま放置されていることが多いんですよ。

 

もしかすると、今後、Suicamanacaなどのお財布機能付きICカードに対応した自販機も出てくるかもしれませんが、あの閉店した薬局の前で独りぽつんと佇む姿、シンプルすぎる機能は、レトロガジェットと言ってもいいじゃないですか?

 

 

2つ目の理由は、

冒頭の言葉にあります。

 

それは思春期の青年にとって、街の中で近寄りがたい聖地だった。

 

 

 

小学生の頃には、明るい家族計画と書かれた謎の自販機。

 

中学生から高校生までは、薄ら笑いで斜め見するか、じゃんけんの罰ゲーム的存在。

 

大学生以降は、甘酸っぱい思い出。。。

 

ですかねえ。

 

まあ、もしかするとこれらは中年の世代にしか当てはまらないのかもしれませんね。

 

でも、アラフォーやアラフィフにとっては、あの自販機を見るたびに様々な時代の思い出が頭をよぎるんだと思うんですよ。

 

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そんな人生のあらゆる記憶に結びついて哀愁と郷愁を引き起こすコンドーム自販機は、

 

レトロな記憶を呼び起こすガジェット

 

と言ってもいいのではないでしょうか!?

 

 

という感じで、

小さなサイズで少ないページでも、呼び起こす気持ちはでっかいどー北海道なZINE、

コンドーム自販機を巡る旅

なのでした。

 

 

 

 

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本屋ではなくても、あなたが憧れていた仕事を実現させたいなら参考にしたい一冊[これからの本屋読本]

いいよ、いい。

この本は印刷出版業の矜持を感じる。

 

こんなデザイン、今時の印刷会社でよくできたものだ。

まだ、職人気質な社員が残っている印刷会社だったのだろう。

 

コストばかり気にして人材派遣社員を増やし、熟練社員を軽んじてきた会社にはなかなかできない仕事だ。

 

 

 

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これからの本屋読本

著者:内沼晋太郎

発行所:NHK出版

初版発行:2018年5月30日

 

この本、結構前に読み終えていたんだけど、ブログを書こうとしてもなかなか中身が固まらずにズルズルと時間が過ぎてしまった。

 

その間に、どれだけの回数、冷麦をズルズルしたことか。

 

最近、ボクの中ではラーメンブームが過ぎ去ってしまったため、もっぱらズルズルするのは冷麦が素麺だ。

 

冷麦はいい。

 

どんぶり一杯いける。

 

ちなみに、薬味はしそとミョウガを刻んだものがお気に入りだ。

 

ネギは個人的には風味が強すぎて好きじゃない。

 

どうだ?

 

今日も何を書くか決めきれないまま、冷麦ズルズルについてここまで来てしまった。

 

人生はこんな感じで、やると決めてから、まるでパズルの1ピース目をどれにするか迷うように、なんだか決め手に欠けたままズルズルと時間が過ぎてしまうことなんてよくあることだ。

 

でも、このズルズルとしてしまっている時間の中には、自分の本心が顔を出している。

 

冷麦をズルズルしている時間の中には、麺つゆの鰹と醤油の香りと旨みが顔を出すくらいだ。

 

麺つゆは無意識に美味しさを感じていればいいさ。

 

でも、自分の本心を気づかないフリして、「オレの人生(アタイの人生)美味しいだろ!」

 

なんて言って盲進すると、

 

「サイコーですかー?」

 

「サイコーでーす!」

 

「キャンと言ったらキャンセルできます」

 

と鼈甲メガネに言われているにもかかわらず、キャンセルできない人生に陥るのかもしれない。

 

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ああ、恐ろしい。

 

 

まだ本題に入っていないにもかかわらず、ここまですでに600字近く書いているようだ。

 

いったい、いつまでこのズルズルは続くというのか?

 

冷麦なら、6把分くらいだ。

 

 

どうして冷麦6把分もズルズルとしてしまうかというと、本書に書かれていることが人ごとじゃないからなのだ。

 

小学生の頃、学校で将来の夢を聞かれて答えたのは『花屋』だった。

 

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これには特に理由はなくて、先生から夢を決めろと急かされ、サラリーマンにだけはなりたくなかったボクが苦し紛れに言った夢だったのだ。

 

中学の頃にも先生から、将来の夢を書けと言われた。

 

中学生で夢や目標が決まっていない奴は、ダメな奴だったらしいのだ。

 

でも、

 

いい大学いい会社で死ぬまで安心教

 

というカルト宗教に日本全体が洗脳されていた時代に中学生だったボクは、夢なんて真剣に考えたこともなかった。

 

考え方すら知らなかったと言ってもいい。

 

でも、やっぱりサラリーマンにだけはなりたくなかったボクが出した夢は、

本屋になること

だった。

 

これは、途中で古本屋に心揺れたりしながらも、なんだかんだで今もボクにとって夢を感じる仕事のままだ。

 

そして時は流れ、現在は瀬戸市の味のある建物の一室を借りて、読書が好きな人、本が好きな人がのんびりと読書をしたりお話をしたりできる場を作ろうと、ストレイバードをオープンさせた。

 

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でも、いざオープンさせてみると、なんだか違和感を感じてしまい、とりあえずは仲のいい友達を招き入れるか、毎月20日は他の部屋と合同公開日になっているので、誰でも入れるようにはしている。

 

違和感の正体は、やっぱり、お金の頂き方だ。

 

ストレイバードは正直に行って、すごく狭い。

 

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書籍の数も、意図的にかなり少なくしてある。

 

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でも、人が出会うスペースとしては十分じゃないかな、とは思っている。

 

 

ボクのもう1つの顔は、カウンセラーだ。

 

人生に関すること、研究開発に関すること、その人、その会社が悩みから解放されるきっかけ、気づきに導く役目だ。

 

 

だから、というわけでもないが、本に関わることも一種のカウンセリングととらえている。

 

 

ふらりと立ち寄った本屋で偶然視界に入った本から、半年間考え続けていた仕事の悩みが解決することがある。

 

人生のどん底な気分の時に、偶然手に取った本に励まされて壁を突破するだけの力が湧いてくることだってある。

 

カウンセラーと本の役目って案外、

意図的に気づかせるか、

偶然に任せるかの違いくらいしかないのかもしれない。

 

 

そういう場をオープンする際、一般的なお店と同じように、特定の曜日の何時から何時までは必ず開けるという方法がいいか、それとも予約制にして予約があった時間だけ開ける方がいいか、という部分も考えどころだ。

 

ただ、個人的には重点テーマが、実は、あるのだ。

 

それは、

『好きなことをユルイ発想、ユルイ計画で肩の力を抜いて続けられる社会』

 

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「仕事をナメるな!」

「そんなことで生活できるわけないじゃん、バカじゃないの?」

 

とまだまだ賛同を得られないが、ボクは真剣だ。

 

 

どれだけ否定しようと、近い将来、仕事は減る。

 

経理、製造、営業にいたるまで、人工知能が代わってできる作業と、過去の履歴から予測可能な業務の最適化で、人の仕事は減る。

 

それくらい、少なくともこの20年は、大企業の衰退が物語るように、日本は独自の産業を生み出すのをサボりすぎた。

 

だから、以前なら鼻で笑っていたオタクたちの楽しみを、急にクールジャパンと持ち上げて消費し、観光立国などという言葉でお茶を濁している。

 

そんな日本社会で、いざ人工知能に仕事を奪われて会社から追い出される日が来たとき、とりあえず何をしたらいい?

 

本が好きな人なら、まずは本と関わろうとするんじゃないだろうか。

 

本書は、いずれは本に関わりながら生きてみたい、と考えたことのある人は目を通したい一冊だ。

 

 

長井秀和に言われるまでもなく、

間違いない。

 

 

プラモデルが好きな人なら、本書の後半の章を読むときに、本の部分をプラモデルに置き換えて読むといい。

 

フラワーアレンジメントでも、レコードでも同じように読めば、きっと一歩を踏み出す勇気が出てくるだろう。

 

 

間違いない。

 

 

と、趣味の本に囲まれた部屋の片隅で愛を叫ばず、

万華鏡を作りながら思うのだった。

 

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これからの本屋読本

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1980年代のインフルエンサー[高橋名人のゲーム35年史]

40代のおじさんで、この人を知らない人はいないでしょ。

 

と言うか、

連射の練習をしなかった人なんているの?

って感じじゃないですか?

 

そんな当時の子供に影響を与えまくった、今風にいえば

インフルエンサー

の本です。

 

 

 

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高橋名人のゲーム35年史

著者:高橋名人

発行所:ポプラ社

初版発行:2018年7月10日

 

 

意外な事実がいっぱい

個人的には、この本で初めて知ったことがすごく多かったんですよ。

 

まず、高橋名人は現在、ハドソンの社員じゃないと言うこと。

 

個人的には意外すぎて、「えーーーー!!」ってなりました。

  

だって、高橋名人ってハドソンの役職名だと言うところまでは知っていましたからね。

 

高橋名人はきっと、死ぬまでハドソンのマスコットとして所属し続けられるんだと思っていたからなんですよ。

 

2011年に退社していたんですか。

 

そうか~。

ハドソンもゲーム業界の再編の波に飲まれ2011年4月にコナミの完全子会社になっていたし、その年の5月に退社したというところに、一つの時代が終わったという感覚があったのかもしれないですね。

 

そもそも、現在はハドソンというブランド名すら残っていないんだ。

 

2011年というのは、本当に多くの日本人にとって人生の転換点となったんですね。

 

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あと、当時憧れの的だった『16連射』。

実は、16連射どころではなかっただなんて!!

 

いやはや、この歳になって今さら高橋名人を連射モンスターとして尊敬してしまうとは思ってもみなかったですよ。

 

あと、ロフトプラスワンの「真夜中のゲーム大会」を開催したりと、現在も現役で面白いことをしてファンを楽しませている姿は、現在40代の人たちは見習いたい姿ですよね。

 

ボクはただただ頭がさがる思いですし、そのアクティブな姿勢を尊敬してしまいます。

 

ボクらにとってのファミコンブームとは?

 

さて、本書は高橋名人の現在までの経歴と、関わったゲームの歴史が綴られた本ではあるのですが、やはり40歳以降のおじさんたちにとっては、読んでいるとファミコンブームを中心にどうしても自分の子供の頃を思い出して懐かしい気持ちになってしまいます。

 

だって、スターソルジャーとか16連射とか、コロコロコミックとかキャラバンとか、みんな脳のしわにくっきりと深く刻み込まれているでしょ?

 

ボクはシューティングゲームとアクションゲームが下手くそだったのですが、スターソルジャーはすごく一生懸命練習した記憶があります。

 

あとは、この本には出てきませんが、『戦場の狼』のステージとステージの間で主人公が飯ごう飯を食べたりするシーンが入るのにぐっときたことを思い出しました。

 

あと、裏ワザブームの中の『ウソテク』ね。 

ファミマガだったっけ?

それの裏ワザコーナーに、毎回1つわざと嘘の裏ワザが載っているんですよね。

 

それで、『水晶のドラゴン』というディスクシステムのゲームで、ヒロインが裸になるっていうウソテクが載っていたんですよ。

 

当時、友達と一緒に何度も何度もそのシーンをやり直したっけ・・・

 

 

あとあと~、ボクはスーパーファミコン以降はなぜかセガ派になってしまい、途中で参入してきたソニーには目もくれずメガドライブからドリキャスまで遊び続けたのを思い出し、

「自分、よく頑張ったな・・・」

と、当時の自分の肩を抱いてやりたくなりました。

 

 

ところでね、当時セガサターンプレイステーションが発売されたときに、日経新聞を中心に経済ジャーナリストと称した芸者どもが、しきりにプレイステーションを持ち上げ続けたんですよ。

 

ゲーム業界を牽引してきたメーカーに批判的で、超大手企業を持ち上げまくる芸者ども・・・

 

ソニー、勝つために絶対金をばらまいたよな・・・

 

あー、今思い出しても憎々しい。

(※金をばらまくの部分については、個人的な妄想が相当な量含まれています)

 

 

ふぅ、関係ない話でエキサイトしてしまいました。

 

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 ちなみにメガドライブで一番ハマったパズルゲームは、メガパネルでした。

 

おじさんにとってタイムマシーンのような1冊

 

と、まあね、高校生以降、恋愛に明け暮れた人たちには何の共感も得られない個人的な思い出ですが、テレビゲームって当時の記憶と切ろうとしても無理なくらいガッツリとリンクしているんですよね。

 

なぜなら、やっぱり高橋名人というのはボクのような中年の子供時代のインフルエンサーだったわけです。

 

そして、みんな親から「ゲームばっかりしないで勉強しなさい!」って怒られていたし、

 

「ゲームは1日1時間」という意味を誤解して聞き続けてきたし、

 

ドラクエ発売日は、社会現象としてニュースで取り上げられて、ボクらはそれを観ていたんですよ。

 

どうやったって、ボクらの生活の中心にはいつもテレビゲームがあったんです。

 

そんなインフルエンサー高橋名人が書いた本、読まないわけにはいかないじゃないですか?

 

だって、その本を読むということは、

 

子供の頃の自分に会いに行ける。

 

ということと同じなんですから。

 

 

 

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ちなみに、最後のページが高橋名人とあったときにサインしてもらうスペースになってます!

 

 

 

 

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(153)高橋名人のゲーム35年史 (ポプラ新書)

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[デザイン原論]と浪人生とはぐれものの生き方

10代最後に出会った、ボクの人生観を変えた1冊です。

 

 

 

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デザイン原論

著者:河北秀也

出版社:新曜社

初版発行:1989年5月15日 

 

 

こんにちわ〜。

 

地下鉄に乗るために改札口を通ったその先の通路に、毎月いいちこのポスターが貼ってあるのを見かけると、いつも思わず立ち止まってしばらくの間眺めてしまいます。

 

中でも、銀に輝くいいちこのポスターを見かけると、

 

「クリスマスか、年末だなあ。」

 

としみじみ思うんです。

 

いいちこのポスターって、地下鉄の壁に貼られるポスターの中でも特に異彩を放っていて、孤高と広告ポスターの矜持を感じます。

 

[はぐれもの]

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はぐれものって、どんな群れにも一定数いるもので。

 

野生動物の群れですと、みんなで移動している中、1頭だけ群れから離れてフラフラと歩いているヤツがいると。

 

まあ、普段は組織を乱すヤツとして疎まれるか、最初からいないものとして無視されているかです。

 

でも、群れを襲うものが現れた時、真っ先に狙われるのははぐれてもので、はぐれているヤツが襲われている隙に群れは逃げることができます。

 

一方で、いつもの場所に餌となる植物がなく群れがピンチになった時、新しい餌場を見つけて群れを助けることになるのは、案外はぐれものだったりするんですよね。

 

 

 

[浪人生の運命の出会い]

ワタシは昔から、自分で納得できる理由がないと全く行動できないタチだったんですよ。

 

で、大学進学というのが自分の中で理由付けできなかったワタシは、受験したものの受かるはずもなく浪人生活を送っていたんですね。

 

「大学なんてなんで行かなきゃならないのか・・・

とはいえ、周囲から大学進学のプレッシャーが・・・」

 

という中で、血迷ったんでしょうねえ。

 

美大へ行けば、何かが見つかるかもしれない!」

 

と思い、美術関連の勉強をしようと本屋へ向かったんですよ。

 

そこで見つけたのがこの、「デザイン原論」だったんです。

 

手に取った理由は本当に安易で、

 

「原論なんていうタイトルだから、これを読めばデザインが理解できるに違いない!」

 

今思えばバカな発想だったなと思うのですが、ど素人な浪人生が読んでデザインとは何か?を理解できるわけはなかったのでした。

 

 

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しかし、ですよ。

 

この本には、「はぐれもの」の話が書かれていたんですね。

 

この話を読んだ時、なんだか承認されたというか生きているのを許されたような気分になったんですよ。

 

ワタシはいわゆる団塊ジュニアの世代なので、

 

受験していい大学に行って大手企業に就職すれば一生安泰

 

という神話が親の世代に蔓延していたんですね。

 

とにかく、小学生の頃からみんな塾へ通って、学校ではみんな「勉強してない」って言いながら牽制しあって、同世代の人数が多いからとにかく競争競争で・・・

 

という10代を過ごしていたんですが、ワタシは考古いう生の頃にはもう精神的にはギブアップしていたんですよ。

 

楽しくないし、みんなと同じことをしないと不満を言われるし、本当にうんざりで。

 

でも、他の人生なんて知らないから、適応できない自分に罪悪感すら感じていたんですよね。

 

 

そんなワタシにとって、この本が運命の出会いだったと言っても納得いただけるでしょう。

 

運命とは不思議なもので、この本に触れて小論文に活路を見出し、合格したのは芸術学部写真学科でした。

 

 

著者はいいちこのポスターで有名な方なんですね。

 

だから、本中でもいいちこのポスターがたくさん紹介されています。

 

1989年出版ですけど、内容はデザインの世界から見た人生、生き方という読み方もできて、今読んでも心の琴線に触れる人は多いんじゃないでしょうか。

 

 

 

あなたのままで、いいんじゃない?

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いいじゃないですか、コミュニケーションが苦手だって。

 

みんなに同調するのがなかなか難しくたって。

 

あなたにしかできない役目がきっとありますよ。

 

 

これからの道に迷っていたら、読みに来てね。

ストレイバードはここにあります。Google マップ

 

ちなみに、この本のはぐれものの話がストレイバード(はぐれ鳥)の由来です。

 

 

 

 

 

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昭和56年の女子大生の恋愛視線[ANO-ANO2恋の教科書]

女性が語る体で書かれているにもかかわらず、見出しに踊る土佐弁「進歩ないぜよ」の衝撃から1年後、続編が出版されていたとは!

 

 

 

 

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ANO- ANO Ⅱ「恋の教科書」

著者:下森真澄・宮村裕子

発行所:JICC出版局

初版発行:1981年6月15日

 

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そうかあ。

この本は、『いのち短し恋せよ青少年!』がターゲットだったんだ。

  

とりあえず、この表紙デザインは好きですね!

 

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1と2、並べてみましたが、どちらも捨てがたいですねえ。

 

 

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さて、本書は女子大生2人が編集したコラム集と言ったところですが、内容は、まず青少年の定義ってどうなってるの?って思わず聞きたくなるほど、爽やかさがないんですよね~。

 

なんか、20代後半から30代のOLが職場の給湯室とか居酒屋でクダ巻いているときに話していそうな話が多い。

 

登場する女性は、やたらとタバコふかしてるし。

 

下森さんか宮村さんのどちらかがヘビースモーカーだったのかな?

 

 

時代背景〜昭和56年〜

 

時代背景を見てみると、昭和56年は校内暴力が史上最高だったらしいんですよ。

 

さらに、当時の流行語で文章を作ってみます。

 

「んちゃ!あたし、エグい粗大ゴミ!」

 

んちゃ!は、アラレちゃん。

えぐい、という言葉はこの年に流行。

粗大ゴミも流行語ですが、これは定年後に家でゴロゴロするだけの目障りな夫のことです。

 

ガンプラが大流行したのもこの年ですね。

 

あっ!

プロ野球、伝説の珍プレー

『宇野ヘディング事件』もこの年か。

 

まあそれはさておき、そんな中で若者のことはクリスタル族と呼んでいたようですね。

 

クリスタル族というのは、カタログ文化にかぶれた若者のことを揶揄した言葉のようで、ポパイを中心に雑誌で編集されたアメリカの流行などに影響を受けてファッションなどを選ぶ若者のことを言うようです。

 

たぶん、この流行から若者のライフスタイルや購買意欲をコントロールできることがわかってきて、その後のDCブランドブームや、クリスマスは赤プリの高層階からの夜景を眺めながらシャンパンで乾杯、みたいな鼻をつまみながらケンカキックをかましたい気分になる流行に繋がっていったんでしょうね。

 

 

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本書の構成内容は?

 

本書は3部構成のようになっています。

ANO・ANOコンテンツ

男の育ち

嫉妬

女の喧嘩

ブス

男友達

 

ANO・ANOカタログ

Ⅰ 女のコ、見栄のT.P.O

Ⅱ 男の甘えのプラス・マイナス

Ⅲ 百年の恋がさめるとき

 

ANO・ANOⅡ 恋の教科書

第一章 恋の衝撃

第二章 恋の現実

第三章 恋の闘い

第四章 恋の終焉

 

これらに、下森さんと宮村さんのフリートークみたいな

 

ますみ&ユーコ・・・・・TALK

 

というコラムコーナーがあります。

 

この中で注目してしまうのは、やっぱり、

 

『ブス』

 

じゃないですか?

 

ブスの章の扉絵に書いてあることがなかなか奮っているんですよ。

 

 

あーっもう少し、ほんのちょっとでも美人に生まれたら

世の中千倍は楽しいに決まってる

生まれ落ちた宿命[ブス]とどう戦うか

 

 

 

平成も終わろうかという現在では、コンプライアンスなんていう化け物のせいで、ここまで明け透けにブスを表現できるのかな?

 

で、次のページを開いたら、

 

愛してくれなんて思いはしない

情けぐらいはほしかった演歌的「シコメの深情け」グスっ。

 

 

シコメって・・・

 

そんなワード、久しぶりに見たわ。

 

とにかく、人前で感じるコンプレックスや情けなくなる思いだけじゃなく、幸せをつかんだらつかんだで美人から嫉妬と嫌みをぶつけられるブスの悲哀を、読んでいる方が罪悪感を感じてしまうくらい、これでもかっ!と書かれています。

 

でも、これが許されるのは当時まだまだ多感な女子大生が中心になって編集していて、ほとんどの若い女性が心のどこかで感じていた傷がリアルに表現されているからなんじゃないかな。

 

 

蛇足ですが、この絵を見て!

 

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ブスの章の挿絵なんですけど、

バナナマンの日村さんにそっくりじゃない?

 

ヒム子はすでに、昭和56年に登場していた!

 

 

男目線からひと言

 

 男としては、女性のホンネを聞ける機会なんてなかなかないですから、この本の内容がどこまでリアルなのかは判断が難しいですが、避妊の意識レベルには多少の進歩がありそうだけど、男の情けなさについては全く快方に向かっていないですね。

 

いや、むしろこじらせて悪化しているのかも・・・

 

それって、ウェブがあるのが当たり前になった代わりに、プロの手で編集されたワンパッケージになっている情報が少なくなったのが一因で、便利になったはずが、まるでチャプターのないDVDビデオのように見たい場所を探すのが難しくなってしまった。

 

つまり、振り返ろうとしても時代ごとでどこまで進んだのかを確認できるメルクマールになるものがなくなってしまったから、男も女もいつまでたっても出会い下手のまま・・・・・、なのかもね。

 

 

 

 

 

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